高校の探究学習のテーマはどのように決める?
テーマ一覧や設定のポイント、教師の役割を解説
【著者・監修者】
芹澤 和彦
高校英語教員/教育クリエイター
「探究学習」とは、生徒が主体的に問いを持ち、問題を見つけ、課題を設定し、解決に向けて行動を起こすための学びのあり方を指します。近年、多くの教育現場で注目されているこの学びのスタイルですが、高校の先生の中には、総合的な探究の時間における生徒のテーマ設定をどのように行ったら良いのか、どのように生徒をサポートしたら良いのかについてお悩みの方もいらっしゃるかもしれません。
そこで本コラムでは、総合的な探究の時間における生徒のテーマについて探りつつ、教師が関わるポイントを紹介していきます。
探究学習とは
まずは探究学習について整理してみましょう。
日本において「探究」というキーワードが学習指導要領に明確に登場したのは、2017年に公布され2020年度から順次施行された高等学校教育課程の改訂においてです。新設された「総合的な探究の時間」では、生徒が自らテーマを設定し調査や研究を行うプロセスが重視されていますが、この文脈での「探究」とは何を指しているのでしょうか。
2024年現在、中央教育審議会の会長である荒瀬克己氏が校長を務めた京都市立堀川高等学校では探究を「“正解の用意されていない問い”に対して“より良い答”を導き出そうとする営み」と定義しています。その本質は、生徒が自分のあり方や自ら抱いた様々な問いと向き合い、情報を集めたり分析したりしながら、解を導き出す過程における学びの姿にあります。この学びの中で生徒は、自らの主体性、批判的思考、創造的思考、問題発見の力を育みます。本当の意味での「探究」を実現できる探究学習は、生徒が自己を受容し、現実世界の問題に対して積極的に関与し、課題を解決するだけではなく、次世代のための新たな価値を創造する自律・自立・共生的な生きる力を育むための種を蒔くことと言えるでしょう。
「探究学習」について、こちらの記事でより詳しく解説しています。
探究学習のテーマ例
では、探究学習の代表的カリキュラムである「総合的な探究の時間」において、多くの学校で実施されている課題研究型「ゼミ活動」のテーマについて考えてみましょう。
現在筆者が講師を務めている勤務校の探究コースでもゼミ活動が行われており、大きく三つのゼミが設定されています。
②社会科学ゼミ
③人文科学ゼミ
3名の教師がそれぞれのゼミを担当しており、週に3時間、生徒たちの個別の探究活動をサポートしています。探究活動を通して考えたことを言葉にする力を磨いてほしいという願いがあり、3年生時のゴールは論文執筆となっています。ここでは、①〜③の探究活動の内容について、一般的な論文の枠に沿って、高校生が問いを持ちそうなテーマの例をそれぞれ5つの分野に分けてご紹介します。
①自然科学
物理学
問い:なぜバスケットボール選手はシュートの際にボールをスピンさせるのか?
バスケットボールのジャンプシュートにおけるボールのスピンがシュートの成功率にどのような影響を与えるのか、物理的原理と実際のデータを基に探究します。
化学
問い:日焼け止めクリームはどのように紫外線から肌を守っているのか?より有効な代わりのものはあるか?
日焼け止めに含まれる成分がどのように紫外線を遮断または吸収するのか、その化学反応を明らかにし、効果的な保護メカニズムを探究します。
生物学
問い:植物は音楽に反応して成長を変容させるのか?
植物が音波に反応して成長速度や方向が変化するかどうかを観察し、音楽が植物の成長に与える影響について科学的根拠を基に探究します。
地球科学
問い:地元の○○川の水質が過去10年でどのように変化しているか?
地元の河川の水質データを長期間にわたって収集・分析し、その変化を引き起こしている環境要因や人間活動を探究します。
天文学
問い:太陽系の惑星で生命が存在する可能性はどれくらいあるのか?
太陽系内の他の惑星や衛星で生命が存在する可能性についての最新の研究を基に、どのような条件が生命の存在に関連しているとされているかを探究します。
②社会科学
経済学
問い:近所のスーパー○○と大型チェーン店の価格戦略にはどのような違いがあるのか?またその違いの要因は何か?
具体的に近所のスーパーといった小売店と近隣の大型チェーン店の価格を比較し、経済学の理論を用いてその違いの理由を探究します。
政治学
問い:○○高校の生徒の投票参加意識はどの程度あるのか?それを高めるためにはどのような取り組みが有効か?
地元の高校生を対象にアンケート調査を行い、投票参加意識の現状とそれを高めるための方策を政治学の視点から探究します。
社会学
問い:○○高校の生徒はSNSを通じてどのような情報を得ているか?またそれは実生活の意思決定にどう影響しているか?
地元の高校生を対象にSNSの利用状況と得られる情報の種類、それが日常生活の選択にどのように影響しているかを探究します。
法学
問い:地元の音楽イベントでの著作権に関する問題はどのように扱われているか?
地元で開催される音楽イベントに焦点を当て、イベントで使用される音楽の著作権がどのように管理・尊重されているかを探究します。
教育学
問い:コロナウイルス感染症の流行が高校生の学習スタイルにどのような変化をもたらしたか?
コロナウイルス感染症の流行に伴う学習環境の変化が高校生の学習スタイルや成績にどのような影響を与えたかを探究します。
③人文科学
歴史学
問い:スマートフォンやインターネットが普及する前の高校生活と現在の高校生活はどのように異なるか?
スマートフォンやインターネットの普及前後での高校生の日常生活、学習方法、コミュニケーションスタイルの変化を調査し、技術進歩が高校生活にどのような影響をもたらしたかを探究します。
言語学
問い:どのようにして新しい流行語が生まれるのか?
現代の高校生の間で流行っている言葉をピックアップし、その言葉がどのようにして生まれ、普及し、また消えていくのかを探究します。
文学
問い:なぜ若者はマンガやアニメに強く惹かれるのか?
マンガやアニメが特に若者に人気がある理由を探究し、そのストーリーテリングやキャラクターデザインが若者の心理や感情にどのように訴えかけるのかを分析します。
哲学
問い:SNSでの“いいね”は私たちの自己価値感にどのような影響を与えるのか?
SNSの“いいね”が高校生の自己認識や自己価値感にどのような影響を与えるかを考察し、SNSの使用が個人の自尊心や人間関係に及ぼす効果を探究します。
芸術学
問い:なぜK-POPやそのミュージックビデオは世界中の若者を魅了するのか?
K-POPの音楽やミュージックビデオが持つ特徴を分析し、それがなぜ幅広い国や文化の若者たちに受け入れられるのか、その魅力の要因を探究します。
ここでは「総合的な探究の時間」で行われる課題研究型「ゼミ活動」のテーマに焦点を当て、自然科学、社会科学、人文科学の三つの主要なゼミ活動の中で、それぞれの分野で生徒がどのような問いに取り組めるかを示しました。こういったゼミ活動では、生徒は個別の探究活動を通じて問題発見や批判的思考の力を養います。
各分野で提示された問いの例は、生徒が実際に関心を持ち、探究活動を行うことができるテーマの多様性を示しています。ゼミ活動において幅広い領域の例をご紹介しましたが、それぞれの分野で生徒が自分自身の興味や関心に基づいて深い学びを追究することを通して、結果的に学問にいきつくことになります。
ここで示された問いは、あくまでプロセスであるということを注意点として理解しておく必要があります。
テーマとして設定される問いの背景には「情報」があります。この情報を基に、生徒は問いをさらに醸成させていきます。ここで挙げた例も、ここからさらに具体的なものになっていくと考えられます。
では次に、テーマ決めのポイントについて考えていきましょう。
テーマ決めのポイント
高校でのゼミ活動のような探究学習においては、生徒が自分自身で納得いく形でテーマを決めることが困難である場面が多く見受けられます。ここでは、テーマを決める上でのいくつかのポイントを「生徒がゼロからテーマを生み出すパターン」「教師が足場がけとなる活動を準備するパターン」それぞれでご紹介します。
生徒がゼロからテーマを生み出すパターン
まず、生徒がゼロからテーマを生み出す時の三つのパターンについて考えてみましょう。
好きなことから考える
自分の趣味や興味があることからテーマを見つけることは、もっともワクワクする気持ちを生み出せます。好きな音楽、スポーツ、読書、科学実験など、日常の好きな活動の中で問いを見つけ、それを深掘りすることで自分だけの探究テーマが見つかります。
気になることから考える
社会で起きている出来事やニュースから、気になるトピックを探究テーマとして選ぶことも可能です。日々の生活の中で、日常生活や社会的なテーマについて様々な問いにぶつかります。これらは現代の問題に関わることで、学びがより現実的かつ実践的なものになります。
納得のいかないことから考える
不公平や疑問に感じる事柄からテーマを導き出すことは、批判的思考力を養います。社会の仕組みや身近なコミュニティの問題点を探究することで、生徒はよりアクティブな当事者としての意識を高めることができます。
教師が「足場がけ」となる活動を準備するパターン
生徒が自分自身でテーマを決めることが困難である場面では、教師が授業の中で足場がけとなる活動を準備し、テーマを決めていくパターンもあります。それぞれ、8~10時間程度で実施できる単元の大まかな流れと合わせてご紹介します。
関心のあるテーマから選び、掘り下げていく
教師は複数のテーマを提案し、生徒に選んでもらいます。選ばれたテーマを基に、さらに問いを書き出すところから始め、探究を深めていきます。
【単元の大まかな流れ】
①テーマの紹介: 教師が様々な分野から選んだテーマを生徒に提示します。
②テーマ選択: 生徒は自分の興味に基づいてテーマを選びます。
③問いの形成: 選んだテーマについて、生徒は自分たちの疑問や問いを特定します。
④リサーチプランの作成: 生徒は自分の問いに答えるための研究方法を計画します。
⑤研究活動: 生徒は計画に従って独自の研究を行い、データを収集します。
⑥結果の共有: 研究結果はクラス内で発表され、他の生徒や教師からのフィードバックを受けます。
日常の問いを書き出し、深めていく
生徒は、日々の生活で抱える疑問や問題をリストアップします。このリストからテーマを選び、具体的な探究活動へと発展させていきます。
【単元の大まかな流れ】
①問いの収集: 生徒が日常生活で気になる事柄についてリストアップします。
②テーマの選定: 生徒がそのリストから探究したいテーマを選びます。
③背景調査: 選んだ問いに関して、生徒が背景情報を収集します。
④深掘り: 問いに対する自分なりの仮説を立て、それを深めるための方法を考えます。
⑤探究活動: 実際に調査や実験、フィールドワーク等を通じて仮説を検証します。
⑥成果の共有: 研究成果をクラスで共有し、ディスカッションします。
情報からインスピレーションを得る
一定時間情報収集の時間を設け、最新の話題やニュースからインスピレーションを得ます。生徒はこの情報を基に、自分なりの問いを形成し、探究テーマとして発展させます。
【単元の大まかな流れ】
①情報収集: 生徒がインターネットリサーチ、新聞や雑誌の閲覧、ドキュメンタリー視聴などを通じて様々な情報を収集します。
②インスピレーションセッション: 収集した情報を基に、生徒が興味を引いたトピックについてクラスで共有します。
③テーマ選定: 生徒は共有されたアイデアから探究したいテーマを選びます。
④探究計画: 選ばれたテーマに基づき、生徒がどのように問いを深めていくかの計画を立てます。
⑤実践活動: 生徒は個別またはグループで計画に沿った探究活動を行います。
⑥成果の共有: 最終的に、生徒は研究成果をクラスで発表し、ディスカッションを行います。
探究学習のテーマ決めは、生徒一人一人が自らの興味や関心、疑問を深く掘り下げ、学ぶことの驚きや喜びを発見する過程です。教師はこのプロセスをサポートし、生徒が自立した学び手として成長できるよう促します。生徒が探究する過程で獲得する知識、スキル、経験は、将来において計り知れない価値があります。
テーマ決めの注意点
冒頭で探究の定義として「“正解の用意されていない問い”に対して“より良い答”を導き出そうとする営み」とご紹介しました。この本質は、生徒が自分のあり方や自ら抱いた様々な問いと向き合い、情報を集めたり分析したりしながら、解を導き出す過程における学びの姿にあります。この視点を損なわないための注意点をご紹介します。
「あるもの」をみる
人間はしばしば「ネガティビティバイアス」に引きずられ、不足しているものや問題点に焦点を当てがちです。しかし、探究学習では「あるもの」つまり生徒の持っている知識や興味、資源に目を向け、それらを基点として思考を進めることが重要です。存在する事実やリソースから出発し、生徒がその中で新しい疑問や発見を見つけられるよう、教師がサポートすることが求められます。このプロセスは、生徒に自信と前向きな学習姿勢を育むのに役立ちます。「ネガティビティバイアス」に自覚的になり、あるものを見留め、あるものから考えていく視点を大切にしましょう。
生徒と同じ目線で問い合う
探究学習では、教師が知識を伝えるのではなく、生徒と共に問いを深めていくスタンスが求められます。生徒が「○○ってなんですか?」と質問してきたら、「○○ってなんだろう?どこでその言葉を知ったの?」と問うことで、むしろ生徒が問いを深めるきっかけになります。「ちょっと調べて教えてよ」と伝えることで、生徒は自律的な学びを進めていきます。答を言うのではなく、問いに対しては問いで返すのが基本で、先生が「正解」にならないようにすることが必要です。このようにして、探究心を刺激することが大切です。
おもしろがる
探究学習では、あらゆる事象に興味を持ち、そこから何かを学び取る好奇心が重要です。教師自身が様々な事象や生徒のアイデアに対して興味を持ち、価値を見出す姿勢を示すことで、生徒もまた自分の周りの世界に興味を持つようになります。このような姿勢は、生徒にとってはもちろん、教師自身にとってもより豊かな人生を歩むための基盤となるはずです。
自分にとってはどんな些細なことでも、誰かにとっては大きな意味があることかもしれません。「この生徒はなぜそこに面白さを感じたのだろう?」という素朴な疑問を大切に、生徒の視点をおもしろがり、生徒さえも見えていないかもしれない価値を模索していきましょう。
まとめ
本記事では、高校の「総合的な探究の時間」を中心に、生徒がどのように自分たちのテーマを発見し、探究活動を進めていくかに焦点を当てて解説しました。
探究学習において教師が果たす役割は、ただ知識を伝達するだけではなく、生徒が自分で考え、探究し、学ぶプロセスを深く支援することにあります。そのために、「あるものを見る」ことで生徒が持っているリソースや興味を認識し、生徒と「同じ目線で問い合う」ことで共に学びのプロセスを共有し、「おもしろがる」ことで探究の楽しさを伝えることが大切です。
一方でこれらは、探究学習の場だけでなく、日々の教育活動全般においても重要な姿勢だと言えるでしょう。なぜなら、生徒自身が問題を見つけ、それに向けて自ら課題を設定し行動していくプロセスこそ、今の時代に求められている学びの姿だからです。教師は、この学びの過程を見守り、適宜支援しながら、生徒と共に学びの喜びを感じていく必要があります。終わりなき探究の旅において、教師もまた、自らの教育実践を見つめ直し、成長する機会を得ることができます。共に学び、共に成長し、探究の旅を楽しみましょう。
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■著者・監修者
芹澤 和彦
高校英語教員/教育クリエイター
講演、企業研修、教員研修、イベント運営を多数実施。英語教育ではEF Excellent Award in Language Teaching 2019 Japan Finalist 第2位の表彰、アントレプレナーシップ教育ではNPO法人BizWorld Japan アドバイザー、ICT教育では2019~2022 Microsoft Innovative Educator Expertの認定を受けるなど、ジャンルを越えて教育実践を展開している。探究やクリエイティブ・ラーニング型授業の実践家である一方で、教員をしながら個人事業として起業。学校と社会の繋がりをつくる多様な活動をしている。
著書『中学校・高等学校 4技能5領域の英語言語活動アイデア』(明治図書)。
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