探究学習で考えたい
「ティーチング」と「コーチング」の違い
「探究学習」とは、生徒が主体的に問いを持ち、問題を見つけ、課題を設定し、解決に向けて行動を起こすための学びのあり方を指します。その中では必然的に「ティーチング」や「コーチング」が求められる場面が発生します。生徒が知識の獲得だけではなく、批判的思考や問題発見、そして価値創造の力を養うためにはどのような方法をとるべきなのでしょうか。このコラムでは、探究学習とティーチングやコーチングの関係性について考えていきます。
探究学習とは
まずは探究学習について整理してみましょう。
日本において「探究」というキーワードが学習指導要領に明確に登場したのは、2017年に公布され2020年度から順次施行された高等学校教育課程の改訂においてです。新設された「総合的な探究の時間」では、生徒が自らテーマを設定し調査や研究を行うプロセスが重視されていますが、この文脈での「探究」とは何を指しているのでしょうか。
2024年現在、中央教育審議会の会長である荒瀬克己氏が校長を務めた京都市立堀川高等学校では探究を「“正解の用意されていない問い”に対して“より良い答”を導き出そうとする営み」と定義しています。その本質は、生徒が自分のあり方や自ら抱いた様々な問いと向き合い、情報を集めたり分析したりしながら、解を導き出す過程における学びの姿にあります。この学びの中で生徒は、自らの主体性、批判的思考、創造的思考、問題発見の力を育みます。本当の意味での「探究」を実現できる探究学習は、生徒が自己を受容し、現実世界の問題に対して積極的に関与し、課題を解決するだけではなく、次世代のための新たな価値を創造する自律・自立・共生的な生きる力を育むための種を蒔くことと言えるでしょう。
「探究学習」について、こちらの記事でより詳しく解説しています。
ティーチングの概念と教育
ではここから「ティーチング」について考えていきましょう。ティーチングの定義の仕方は人によって様々ですが、コーチングとの比較を前提とした時のティーチングとして考え、「人から人へ情報を伝達するプロセス」と定義します。
日ごろ私たちは情報を伝え合うことで他者と関わり合いますが、ティーチングのプロセスでは、矢印は一方向に向かっています。聞き手は、受けた矢印をもって思考し、話し手に質問を投げかけることで、双方向の矢印が生まれます。
ティーチングの特徴としては、「効率が良い」「スピードが速い」ことがメリットに挙げられます。伝えたいことがある場合、相手の理解度に合わせて情報を伝えるため、効率良く情報が伝わるはずです。また、話し手は最短距離で伝えたい情報を伝えられるため、スピードも速いと言えるでしょう。
学校教育におけるティーチングの役割
では、学校教育においてティーチングはどのような役割を果たしているのでしょうか。ティーチングが力を発揮する場面は様々ありますが、ここでは「授業」と「生徒指導」の二つを取り上げます。
授業の場面
ティーチングは、「人から人へ情報を伝達するプロセス」であるため、基本的には「講義形式」の授業に頻繁に見られると考えられます。この時求められる指導観は「どのように教える(伝わる)のか?」といった「教授観」であり、今でもこういった教授観を問い直すための教育書が多く存在しています。
昨今では「主体的・対話的で深い学び」が求められており、授業における教師からのティーチングの場面が減っているのは間違いありません。むしろ、生徒からのティーチングの場面が増えているという見方もできるでしょう。授業内におけるティーチングの役割は、まだまだそれぞれの教師が考え続ける必要があります。
生徒指導の場面
新たに改訂された生徒指導提要では、生徒指導を「児童生徒が、社会の中で自分らしく生きることができる存在へと、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動のことである。なお、生徒指導上の課題に対応するために、必要に応じて指導や援助を行う」と定義しています。
生徒指導を特別な問題が起きた場合だけではなく、日常の中で実施する教育活動の中核の役割として据えています。日常的な教育活動の中では情報伝達の場面が多分に存在しますので、ここでもティーチングが実施されているはずです。
教師が考える必要があるのは「授業」や「生徒指導」といった場面において、どのようなティーチングがより良い教育活動と言えるのか?を問い続けることですが、そもそもティーチング以外の方法はないのか?という視点も非常に重要です。先ほど挙げたように、「効率が良く」「スピードが速い」情報伝達がどの場面でも本当に必要なのか?という視点で探究的に疑うことで、より良い教育活動のあり方が見えてくるでしょう。そのヒントとなるのが「コーチング」です。
コーチングの概念と教育
では次に、「コーチング」について考えていきます。コーチングも多くの定義が考えられていますが、ここでは「人が目標地点に辿り着くまでのサポートをするプロセス」と定義します。このプロセスは、個人や集団が自己の認識を深め、可能性を最大限に引き出し、具体的な目標や夢を実現するためのサポートを提供することです。ティーチングが情報伝達である一方で、コーチングの目的は「質問やフィードバックを通じて、聞き手が自らの納得解や解決策を見出すことを促す」ことにあります。
コーチングは、スポーツコーチングの歴史から始まったとされていますが、現在ではビジネス、教育、個人のライフスタイルなど、様々な分野でその方法論が取り入れられるようになっています。現代のような変化の激しい社会において、個人や集団が自己のポテンシャルを最大限に発揮して持続可能な形で成長していくためには不可欠なものだと考えられています。
学校教育におけるコーチングとは
では、学校教育の分野においてコーチングはどのように活かすことができるのでしょうか。コーチングにおいては、教師は生徒の解決策や学習過程を先導するのではなく、適切な質問を通じて生徒が自身で考え、解答や目標達成の方法を見出すようサポートします。このアプローチによって、生徒自身の自己理解を促すことができるため、より能動的・主体的な学習者になるための基盤を提供すると考えられます。
授業においても生徒指導の場面でも、コーチングを活用すると生徒が自分自身で「目標設定」するフェーズがあります。教師は、生徒自身に自分の目指すべき方向性や達成したい目標を考えてもらい、それを具体化していくサポートをします。「自己内省」の過程では、生徒は自身の行動や学習プロセス、態度について振り返り、何がうまくいったのか、どこに課題があったのかを自己評価します。「アクションプラン」を考える時には、目標達成のために何をすべきか、どのようなステップを踏むべきかを生徒が自ら考え、計画を立てます。
こういったプロセスを通じて、コーチングは生徒が自分の内面と向き合い、自己の学習や成長を主導する力を育むための強力な教育ツールとなります。
これは、21世紀型スキルといった現代の教育が目指すべき方向性とも一致しており、生徒が未来の社会で必要とされる自律的かつ主体的に成長するために、不可欠な教育の方法だと言えるでしょう。
ティーチングとコーチングの主な違い
ここまで見てきたように、ティーチングとコーチングは学習や成長に関連する二つの異なるアプローチです。ティーチングは、知識や技能を伝え理解を深めることを目的とし、教師が主導する学習プロセスだと言えるでしょう。教師が情報を提供し、説明し、指示を出す役割を果たします。
一方コーチングは、個人の内面的な可能性を引き出し、自己発見と自己成長を促すプロセスです。コーチングでは、コーチは質問を通じて個人の考えを促し、目標達成に向けて自らの答えや解決策を見つけるよう支援します。ティーチングは「教える」ことに焦点を当て、コーチングは「導く」ことに焦点を当てています。両者はそれぞれ異なる状況や目的に応じて有効であり、生徒のニーズに合わせて適切に選択・組み合わせることが重要です。
探究学習におけるティーチングとコーチングの適用
それではいよいよ探究学習の場面でいかにティーチングやコーチングが求められるか、について考えていきましょう。それぞれ三つの視点でご紹介します。
探究学習でティーチングが必要となる場面は?
基礎知識の提供
生徒の探究プロセスの中で、教師が知っている事柄を情報伝達する場面があります。生徒が興味のあるトピックに関連する基礎的な知識や背景情報、関連情報を伝えることは、ティーチングだと言えるでしょう。
例えば、ある生徒が生物に関する事柄に興味を持ち、探究学習を進めていく場合、生徒は細胞の構造やDNAの基本的な知識を学んでいく必要があるかもしれません。この場合、教師としてティーチングできるのであればしてもいいと思いますが、ティーチングできる人がどこにいるか生徒と共に考える(リファレンスの役割を果たす)ことが重要です。
研究方法の伝達
探究学習では、生徒は自分でデータを収集し、分析していきます。このプロセスにおいて、どのようにしてデータを収集し、どのように分析を行うかについて、ある程度のティーチングが必要な場合があります。
例えば、生徒がアンケート調査を行う場合、有効なアンケートの作成方法やデータの統計的分析方法をティーチングすることは重要です。しかしここでも大切なのは、教師が全てを行う必要はないということです。生徒が頼れるものがどこにあり、どこに人がいるのかを生徒と共に考えるのが最も大切なことです。
批判的思考の促進
探究学習とは、抱いた問いを基に多様な情報を集め、整理し、発信したことを基に内省し次に行動を繋げるという継続的なプロセスです。その中で、単に情報を収集するだけでなく、その情報を批判的(情報を吟味し、咀嚼し、選ぶ)に分析し、自分の考えを形成することは非常に重要です。
この過程で、生徒が情報の信頼性を評価したり、異なる視点から問題を見たりするためにティーチングが必要になります。例えば、生徒が発表を行った際、生徒同士または教師から生徒への情報の伝達(フィードバック)があります。この時、生徒が情報を鵜呑みにしている場合、つまり批判的に捉えられていない場合があります。そんな時は、フィードバックを通した様々な情報源から情報を比較する方法や、異なる意見に対する反論を構築する方法をティーチングで伝えることができます。
情報の伝達スピードが速く、効率よく伝えられるのがティーチングですが、こういったメリットの一方で、デメリットを理解する必要もあります。過度に依存する生徒である場合は、自分で学びを掴むことからは遠ざかりますし、基本的には矢印が一方向であるため、情報を与える側ともらう側という力関係が生まれてしまう懸念があります。だからこそ、探究学習のみならず多様な場面で、ティーチングの矢印を固定せず、多様な他者と双方向の矢印を創ることが重要になります。そのため、探究学習とより相性がよいのがコーチングだと言えるでしょう。
探究学習でコーチングが必要となる場面は?
探究学習とコーチングの関係を三つの視点で考えてみましょう。
課題の特定
生徒が自分自身で関心を持つテーマや問題を見つけ、それについての探究の課題を設定する過程ではコーチングが非常に効果的です。コーチングは質問を通して思考を促すプロセスであるため、教師はコーチとなり、生徒が自分の関心や好奇心から探究したいテーマを見つけられるようサポートします。
例えば生徒が漠然と「環境問題について何かしたい」と考えている場合、どのような問いを投げかけていけば良いでしょうか。「素朴な疑問なのだけど、なぜ環境問題について知りたいのかな?」「環境問題の“何”についてさらに知りたいのかな?」など、教師は質問を通じて生徒がより具体的に課題設定に至るよう導くことができます。
高校における探究学習のテーマ決めのポイントはこちらの記事でも詳しくご紹介しています。
情報収集の促進
生徒が自らの探究課題に関して必要な情報を集めるプロセスにおいても、教師のコーチングは不可欠です。教師はコーチとして、どのような情報源が信頼性高く、どのように情報を効率的に集めることができるのかを示唆しつつ、生徒が自分自身で情報を収集できるようサポートします。この過程では、生徒がどのような情報が必要であるかを自らに問い、その答えを自らで探究していけるよう導く必要があります。
例えば、生徒が気候変動という広範なトピックについて考えている場合、教師はコーチとしてどのようなサポートができるでしょうか。生徒が「気候変動についてもっと知りたい」と言った時、「どんな情報を探すと、あなたの疑問に答えられると思う?」など、生徒が自分で情報収集の方向性を定められるように導きます。探究学習では、生徒がどのような情報を求め、どのようにそれを利用するかを自分で考えられるよう促すことで、生徒の自立性と学びへの責任感を育むことが重要です。
探究プロセスのリフレクション
生徒が探究活動を進める中で、定期的に自身の学習プロセスや成果を振り返り、次のステップにどう活かすかを考えるリフレクションの段階でもコーチングは重要です。教師として、生徒が自分の行動や学びを客観的に評価し、何がうまくいき何がうまくいかなかったのかを理解できるようサポートします。
例えば、生徒が気候変動に関するプロジェクトを一定期間進めた後、その進行状況を振り返る場を設けます。この時、教師は生徒に対して「取り組んでいた時はどんな自分だった?」「新しく学んだことや気づいたことは何かな?」「最も難しかったことは何だった?」などの質問を投げかけます。こうして、生徒は自分自身の探究のプロセスを振り返り、成功体験や課題を自覚することができます。
こういったコーチングを通して、生徒は探究プロセスの中で見えた自分の強みや弱みを理解し、次のステップへの具体的な改善点を見出すことができるようになっていきます。教師は探究プロセスでの対話を通じて、生徒の自己認識の力を育み、生徒がより主体的に自分の学習プロセスに深く関与することをサポートできます。
まとめ
本記事では、探究学習におけるティーチングとコーチングの重要性とその適用方法について考察しました。ティーチングは情報の伝達に焦点を当てますが、より包括的な生徒との関わり方としてコーチングが存在します。現代の学びのあり方として必要なのは、主体的・対話的で深い学びであり、探究的な学びです。
この中で、大前提として生徒の内面からの気づきと自己主導性を引き出すプロセスであるコーチングが重要であるのは間違いありませんが、一方で個別的な場面でティーチングが必要な時があります。これら二つのアプローチを双補完的に組み合わせることで、生徒がより深い学びを経験し21世紀に必要なスキルを身につけ、一人一人がその可能性を最大限に発揮できるよう教育者として支援することが求められています。
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■著者・監修者
芹澤 和彦
高校英語教員/教育クリエイター
講演、企業研修、教員研修、イベント運営を多数実施。英語教育ではEF Excellent Award in Language Teaching 2019 Japan Finalist 第2位の表彰、アントレプレナーシップ教育ではNPO法人BizWorld Japan アドバイザー、ICT教育では2019~2022 Microsoft Innovative Educator Expertの認定を受けるなど、ジャンルを越えて教育実践を展開している。探究やクリエイティブ・ラーニング型授業の実践家である一方で、教員をしながら個人事業として起業。学校と社会の繋がりをつくる多様な活動をしている。
著書『中学校・高等学校 4技能5領域の英語言語活動アイデア』(明治図書)。
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