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  ICT教育・GIGAスクール構想関連コラム

【主催】未来の先生フォーラム
一般社団法人メディア教育研究室代表理事 今度珠美氏 によるオンラインセミナー

生成AI時代の探究学習と情報リテラシー
〜AI時代のメディアリテラシー、シティズンシップ教育〜

本記事では、デジタル・シティズンシップ教育やメディアリテラシー教育を専門とし、一般社団法人メディア教育研究室代表理事、国際大学GLOCOM客員研究員である今度珠美氏による講演「AI時代のメディアリテラシー、シティズンシップ教育」の内容をご紹介します。

生成AIが急速に普及する今、生徒が情報をどのように集め、批判的に評価し、主体的に活用していくのかという情報リテラシーが、これまで以上に問われています。デジタル・シティズンシップ教育、メディアリテラシー教育の専門家である今度珠美先生に、生成AI時代に求められる情報収集・リテラシー・活用法と、生徒の主体性を伸ばす教育の在り方についてお話しいただきました。

【登壇者】

今度珠美さん

今度珠美(いまど・たまみ)
一般社団法人メディア教育研究室代表理事 国際大学GLOCOM客員研究員

一般社団法人メディア教育研究室代表理事、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター(GLOCOM)客員研究員、文部科学省 中央教育審議会専門委員 (教育課程部会 情報・技術WG)を務める。関西大学大学院博士課程後期課程(総合情報学専攻)在学中。人権教育の視点からデジタル・シティズンシップ教育、AI倫理教育を研究している。年間150校超の学校を訪問し授業支援、研修、講演、相談対応などを行う。著書は「はじめてのAIとのつきあいかたワークブック」など多数。

生成AIは「安全に使う」だけでは、もう足りない

私は現在、社団法人の代表理事を務めながら、メディア教育の研究を進めています。また、関西大学大学院の博士課程に在籍し、メディアリテラシー教育、デジタル・シティズンシップ教育、人権教育などを研究しています。そうした実践の中から皆さんにお伝えできることをお話ししたいと思います。

デジタル・シティズンシップという人権と民主主義の教育

まず、デジタル・シティズンシップについて簡単に解説します。
GIGAスクール構想以降、学校現場では一人一台環境が整備され、子どもたちも日常的に端末を活用するようになりました。それに合わせて、デジタル・シティズンシップの考え方も広がり、多くの学校や自治体でも実施されています。日本では比較的新しく注目されるようになった教育概念ですが、諸外国ではかなり以前から学ばれている非常に一般的なメディア教育です。概念や定義も世界各国にあり、国際教育テクノロジー学会、欧州評議会、UNESCOなどがそれぞれ定義を示しています。

デジタル・シティズンシップという人権と民主主義の教育

デジタル・シティズンシップとは、デジタル社会において社会に積極的に関与し、責任を果たすことを学ぶ市民教育であり、人権教育です。メディア教育は個人の安全やリスク回避のためだけに学ぶものではありません。個人のメディアの使い方は社会に影響を与える。だからこそ、社会のことを考え、影響や責任を考えて活用していくことが大事なのです。また、メディアは社会を分断したり、戦争を引き起こしたり、差別や偏見に繋がることもあります。だからこそ、人権教育の視点でも学ぶ必要があります。これがシティズンシップの大きな特徴だと考えています。

デジタル・シティズンシップとは、コミュニティや世界に対する市民としての影響や責任、役割を考える学びです。創造者・発信者としての責任を理解して行動すること、ネットという公共空間での作法や振る舞いを理解すること、人権と民主主義のための社会をつくる善き市民、善き使い手となるために学ぶこと。つまり、目指す社会像を持った公共の倫理教育、人権教育、そして市民教育として提案されている学びなのです。日本でもこれからは、安全教育という視点だけでなく、シティズンシップの視点でメディアを学んでいくことが必須になっていくのではないかと考えています。

生成AIの進化は、私たちの学びをどう変えたのか

このデジタル・シティズンシップという学びの中で、AIとの付き合い方をどのように学んでいくのか。そこが本日のポイントです。今の私たちの社会は、もうAIと共に生きていると言ってよい状況です。電化製品でも自動車でも、農業や医療の現場でもAIは活用され、私たちのできることをどんどん広げています。そして、生成AIの急速な進化によって、AIと生きる世界は新しい段階を迎えようとしています。

生成AIとは、人が作ったかのような創造物を生み出すことができる人工知能です。人間なら何日もかけて作るような楽曲や小説、イラスト、絵画、さらには膨大な計算までも一瞬で結果を出してくれます。その処理能力は本当に凄まじいものです。今では当たり前のように使うツールになり、私たちのできることをどんどん広げてくれています。

生成AIの進化は、私たちの学びをどう変えたのか

AI時代のエコーチェンバー問題

一方で、生成AIは4年前に登場した時と今とでは、できることがかなり違います。性能の向上はすさまじく、1年後にどう進化しているか見通すことさえ難しいと言われています。その急速な進化に伴って、様々な課題も生まれています。例えばディープフェイクの悪用です。映画などで多用されてきた優れた技術が、ポルノ画像の生成やフェイク画像の作成に悪用されることが大きな問題になっています。また、生成AI依存、著作権侵害、個人情報漏えいなども問われています。

その中でも私が大きな課題だと感じているのは、生成AIの中で起きるエコーチェンバーです。SNSでは、自分の興味・関心に合う情報ばかりが集まり、同じような意見や情報ばかり目にしてしまうことがあります。これをフィルターバブルやエコーチェンバーと言いますが、同じことが生成AIの中でも起きているのではないかと感じています。私自身、デジタル・シティズンシップや人権教育に関心があるため、生成AIがその視点を先回りして提案してくれることがあります。それは便利ですが、AIが提案する情報はどうしても偏ってしまう。すると、様々な意見や考え方を比較する機会が失われ、自分の意見が多数派で正しいと思い込んでしまうこともあるかもしれません。そうした思い込みが社会の分断に繋がる可能性もあります。だからこそ、いかに多様な意見や考え方に触れる機会をつくるかが、大きな課題になっているのです。

「一瞬で作れる時代」に求められるAI倫理

AIは画像生成やコンテンツ制作も一瞬でできてしまいます。以前なら制作にはスキルも時間も必要でしたが、今はボタン一つでできてしまう。その分、じっくり立ち止まって考える余裕がなくなっているのではないでしょうか。「こういうことをやってもよいのか」「社会にどんな影響を与えるのか」といったことを検討する前に行動してしまう。こうした課題を考えると、倫理観を持って活用していくことを、いかに学んでいくかが問われていると感じます。

AIに支配されず、AIを使って人間社会をどう豊かにしていくのか。そこで大切になるのがAI倫理教育です。AI倫理とは、社会的な影響を考え、AI技術の開発・運用・利用に際して、どのような考え方やルール、価値観を持つべきかを考える学問です。社会全体への影響、絶対に譲れない人権と尊厳、そして技術を扱う人と社会の在り方を扱います。つまり、AIが及ぼす社会的・倫理的な影響について多角的に考え、人間とAIのより善い関係を築くための指針や枠組みを探る学びです。

諸外国では、AI倫理は技術の暴走を防ぐためのブレーキともされています。AI教育は技術や活用スキルを学ぶだけではなく、社会の一員としての責任も育んでいきます。私たちも、AIを単に消費するだけではなく、社会課題の解決や社会への影響、責任をしっかり自覚しながら活用していくことを学ぶことが大切です。AI技術は私たちの可能性を広げますが、機能するブレーキと、正しい方向を示す羅針盤も必要です。まさにAI倫理がそのブレーキとなり、デジタル・シティズンシップ教育がその羅針盤になるのではないかと思います。

教育の役割とは、子どもたちに最新のツールを与えることだけではありません。そのツールを使って、人権が守られる人間中心の未来を自らの手で切り開いていくための「倫理という知恵」を手渡すことにあるのではないかと思います。私が本日申し上げたいのは、この一文に尽きます。私たちはAIと共生する未来において、技術に使われるのではなく、技術を用いて人間の尊厳が守られる善き社会を創造する主役となっていきたい。このことを、子どもたちにしっかり伝えていきたいと考えています。

AI倫理教育は、学校でどう育てるのか

AI倫理教育を支える三つの視点

そのような学びをどのように進めていくのか。AI倫理教育には、大きく三つの視点があると考えています。

一つ目は倫理の視点です。AIに偏見が含まれる可能性を踏まえ、社会的な影響を考え、批判的に見極める態度を学んでいくことです。最終的な判断は人間が行い、AIに倫理的判断を委ねてはならないということです。

二つ目はリテラシーの視点です。操作スキルだけではなく、AIの中身を吟味し、検証し、推論する態度を養います。ファクトチェックを必須とする習慣も大切です。

三つ目はシティズンシップの視点です。AIというテクノロジーを使って、どのようにより善い社会をつくるのか。AI技術が社会に与える影響を踏まえ、適切なルールの在り方を議論し、提言する市民としての態度を養っていきます。

AI倫理教育を支える三つの視点

発達段階に応じたAI倫理教育

これを小学校、中学校、高校でどのように学んでいくのか。まず小学校では、AIとの出会いと区別を学びます。AIへの興味・関心を広げ、体験する学びと伴に、人間との違いを認識していく。AIは魔法ではなく、人間が作ったプログラムだということを知る。そして、AIと人間のできること、できないことの違いに気づいていく。そうした学びが大切です。

中学校になると、仕組みの理解と批判的吟味に進みます。技術的な仕組みや影響を理解し、批判的思考を学ぶ。教科書と生成AIの回答を比較し、誤りや偏見を特定し、その背景を推測する。SNSのアルゴリズムやフィルターバブルが自分の意見形成にどう影響しているかを分析し、多様な情報に触れるための行動指針を自ら作成していく。そうした学びが重要になります。

高校では、責任ある使い手・作り手として、さらに学びを進化させていきます。解決策の構想や新たな価値の創造に加え、社会的な責任やルールの構築まで踏み込んでいきます。例えば、生成AIを活用して論文や作文を作成する際には、どこまでがAIで、どこからが自分の創作かを明確にし、そのプロセスを説明できるようになること。さらに、学校でのAI利用ガイドラインを生徒自身が策定し、AIが人権や民主主義に与える影響について多角的に議論する。そうした学びが求められます。

中学・高校で共有すべき三つのリスク

中学校から高校まで横断して学ぶべきリスクとして、私は三つを挙げています。技術的なリスク、人権・倫理的なリスク、そして認知的なリスクです。例えば中学校の技術・家庭科(技術分野)におけるAI学習では、計測や制御等の単元でAIのブラックボックス化を防ぎ、「魔法ではなくプログラムとデータである」と知ること、機械学習の基礎的な仕組みを体験することが考えられます。

また、「情報技術の発展と社会」の単元では、仕組みの理解を基にした実効性のあるガバナンスの検討、著作権やバイアス、リスクの多角的な議論が必要になります。技術的な裏付けがあるからこそ、自分事としてAI倫理を考えることが可能になります。生徒はAIを何でも教えてくれる魔法のように使ってしまいがちです。だからこそ、計測や制御の学びでそれを解体する。AIは公平に使うべきだという表面的な指導ではなく、データに偏りがあるから出力も偏るのだということを理解し、その知識をもとに公平性を人間が担保しなければならないという論理に繋げていくことが大切です。

高校では、「情報I」「情報II」で、データとアルゴリズムの基本、AIが社会で果たす役割の理解、データサイエンスの実践、AIガバナンスの考え方を学ぶことができます。そして何より大切なのは、他教科とも連携していくことです。公民、国語、総合的な探究の時間などで、AIを活用した社会課題解決の実践や、多角的な価値観の調整などを学んでいくことが重要です。AI倫理は、すべての生徒に担保されるべき学びだと考えています。

AIを社会課題につなぐ探究の時間

探究の時間への波及効果として、特に重要だと考えている点が二つあります。

一つ目は、善き使い手としての本質的な力の育成です。各教科の学びや探究活動の中で、生成AIを倫理的かつ批判的に活用する経験を積むことで、AIリテラシーと倫理観が養われます。AIという技術の善き使い手になることは、予測困難な未来を生き抜くための本質的な課題解決能力にも繋がると考えています。

二つ目は、より善い社会の創生への接続です。培った技術的・倫理的な視点を、探究学習を通じた現実社会の課題解決に応用することで、生徒の学びは自己完結にとどまらず、「より善き社会をつくる」という具体的なアクションへと昇華されていくのではないかと思います。ここでも、すべての生徒に学びを担保していくことが大切です。

AI倫理の三つの視点から、探究の時間での応用イメージを提案したいと思います。

まず、倫理的・法的・社会的課題の視点では、AI医療診断とプライバシー、自動運転と交通事故の責任などをテーマに探究することが考えられます。技術の利便性だけではなく、事故が起きた際の法的責任の所在や個人データ保護といった社会的課題についてディベートを行い、未来の社会ルールや法整備の在り方を構想していく学びです。

シティズンシップの視点では、自治体が公開する人口動態、防災、交通などのデータを分析して地域課題を特定し、その解決策として避難所案内アプリのプロトタイプや地域活性化のためのデジタル施策を企画し、役所や地域の人にプレゼンテーションを行うシビックテックの実践が考えられます。
メディアリテラシーの視点では、過去の災害時や選挙で拡散されたフェイクニュースの事例を収集・分析し、ディープフェイクを見破るためのファクトチェックを実社会に応用して、フェイクニュースにだまされないためのポスターや動画制作を企画・実施することなどが考えられます。

子ども自身によるAI利用ルールの検討

探究でAIを活用することが想定される場合、子どもたちには守ってもらいたいルールもあります。ただし、これはぜひ子どもたち自身に考えさせてほしいことです。
例えば、生成AIを「答えを教えてくれる万能ツール」として使うのではなく、出力結果を必ず確かめること。啓発物を作成する際に生成AIによる画像を使ったなら、AI生成であるという注記を入れること。著作権に配慮した利用方法を考えていくことも大切です。

子ども自身によるAI利用ルールの検討

動画やポスターもAIで簡単に作れてしまう時代だからこそ、思考や議論が疎かになる可能性があります。生成AIはあくまで自分の企画を表現するためのお手伝いツールであるという位置づけを徹底すること。そして、どこまで生成AIを使ったのかを説明できるようにすること。こうした点を、子どもたちとしっかり議論しながら、できれば子どもたち自身がルールやガイドラインを作っていくことが大切なのではないかと思います。

AI時代に本当に必要な力とは何か

「自分を守る」から「社会をつくる」への転換

AIとの付き合い方は、個人のリスク回避という視点から、より善い社会を築くという公共的な視点へと転換していくことが求められています。誤情報の拡散に加担しないことは、公共空間を守る市民の義務です。個人が被害者・加害者にならないという視点だけではなく、市民の義務としてどう付き合っていくのかをきちんと考えることが求められているのだと思います。

AI倫理教育は、操作や検証のテクニックを学び、使いこなすことだけが目的ではありません。多様な教科の学びで得た知識を武器に、AIに支配されず、AIを使って人間社会をどう豊かにするのかを考えること。技術の進歩に振り回されない自立した市民を育成する学びを大切にしていくことが必要だと考えています。

AIを「使う力」と「評価する力」

いま、「情報を見極める」と言うと、メディアリテラシーのために情報が正しいかどうかを確かめる、その批判的思考の手段そのものが生成AIになっています。分からないことがあればAIで調べる。情報が正しいかどうかもAIで調べる。そういう現状があります。しかし大切なのは、AIを「答えを教えてくれる道具」としてだけではなく、「批判的に確かめる対象」として見ることです。

例えば子どもたちに対しては、教科の知識を使って、AIの出力に含まれるハルシネーションやバイアスを特定する活動を行う。AIを使うだけではなく、AIを評価するという、知識がなければできないことを求めていく必要があります。情報が正しいかどうかを見極めるためには、使う側にも知識が必要です。だからこそ学びが大切であり、知識がないとできないことを、これからも子どもたちには大切にしてほしいと思います。

立ち止まる力を支える知識

私がいつも子どもたちに伝えている大切な言葉があります。それが「知識が私たちを立ち止まらせる」ということです。今の時代は、何でもパッと、スピーディに行動してしまうことが多いですが、どんな時でも立ち止まって、正しいかどうか、やってもいいか、発信しても善いかを考えることが大切です。

では、どうやって立ち止まるのか。それは制限や規則だけではありません。私たちは、知識があるからこそ立ち止まることができるのではないかと思います。その知識こそ、私たちが、そして子どもたちが学んでいくことなのだと思います。知識を持って立ち止まれるように、学びを深めていきたい。善き使い手となり、情報社会を生きる力を育むためにも、ぜひデジタル・シティズンシップ、その中でのAI倫理教育を検討していただきたいと思います。

実践を支えるワークブックの提案

昨年12月には、『はじめてのAIとの付き合い方ワークブック』を出版しました。この本には、小学校、中学校、高校で実践できる9つの事例を掲載しています。指導案やワークシート、スライドデータ、保護者宛の文書やAI倫理尺度なども付いていますので、ぜひ参考にしていただければと思います。この書籍の中では、AI倫理を5つの領域に分けて提案しています。いずれも、AIを倫理的に活用していくための大切な知識として繋がるものです。

実践を支えるワークブックの提案

Q&A:聴講者からの質問と回答

Q1.「リテラシー」と「デジタル・シティズンシップ」はどう違うのか

リテラシーはもともと読み書き能力を指しますが、現代では、情報を読み解き、吟味し、批判的に考える力まで含めて用いられることがあります。情報リテラシー、AIリテラシー、メディアリテラシーなど、様々なリテラシーがありますが、私はこのリテラシーを「市民的教養」だと考えています。リテラシーの視点とは、操作スキルだけでなく、AIの中身を吟味し、検証し、推論する態度、そしてファクトチェックを習慣化することです。

ただ、今はもうリテラシーそのものだけを学ぶだけでは不十分だと考えています。関係性で言うと、デジタル・シティズンシップは大きな上位概念であり、その中に倫理的な視点、モラルの視点、そしてリテラシーの視点が含まれています。この三つを包摂した大きな概念がデジタル・シティズンシップです。倫理とは社会的規範、社会の決め事のこと。モラルとは道徳的規範であり、良心とも言えます。

今は、批判的思考の手段そのものがAIになっているという現状があります。AI時代において、どう吟味していくのかは非常に難しい課題です。だからこそ、AIが出力した内容も批判的に観察すべき対象として位置づけていくことが大切です。ただし、吟味したり評価したりするには知識が必要です。国語で言葉を使う目的を理解すること、社会で歴史的背景や公民的権利の知識を身に付けること、理科で科学的根拠やエビデンスの知識を得ること。そうした知識を持って批判的に吟味していくことが大切なのです。

また、生成AIやSNSは、人の関心や視野を私的領域に閉じ込めてしまう傾向があります。自分が見たい情報だけを見ていないか、AIの回答を鵜呑みにしていないかと立ち止まって考える訓練が必要です。そのためには、生身の他者との対話や、様々な情報を得ることが重要です。私は毎朝、紙の新聞を読む習慣がありますが、ネットだと自分が見たい情報しか見ない一方で、紙だとすべてのページをめくるので、自分が興味関心を持たない情報にも触れることができます。自分に集まってくる情報だけではなく、自分から情報を探しに行くこと。そうした場面を作ることも、市民的教養としてのリテラシーだと考えています。

Q2.批判的思考は、授業の中でどう育てればよいのか

AIには偏見が含まれる可能性があることを踏まえて、批判的に見極める態度を学ぶこと、最終的な判断は人間が行うということを学んでいくことが大事だと考えています。さらに、中身をしっかり吟味し、検証することを子どもたちと一緒に考えていく必要があります。

その際には、示されているものが事実か、論理が通っているのか、バイアスはないかということを問いかけながら、教科書や書籍、論文などの信頼できる資料で裏取りをする習慣を徹底していくことが大切です。AIはネット上からデータを集めるのは得意ですが、書籍から情報を集めることは苦手です。だからこそ、図書館を活用し、本を読み、書籍や論文で裏取りをする習慣を付けることがとても重要だと思います。これは探究活動でも必ず意識していただきたい点です。

私は小学校で子どもたち自身にAIを使わせることには、あまり賛同していません。ただ最近は精度も上がってきていて、検索すると比較的正確な情報が出ることもあります。しかし大事なのは、出てこない情報もあるということです。それがすべてではない。間違った情報を拾うことは少しずつ改善されてきていますが、すべてを網羅できているわけではありません。特に書籍から情報を集めにくいという点があるので、そこですくい取られていないものをしっかり見ていくことが大切だと思います。

Q3.AI時代、教師はどんな伴走者であるべきか

各地で研修をしていると、学校内で先生方の温度差が大きい、考え方も活用度も違うので、共通理解を持って推進していくのが難しいという声をよくいただきます。実際、まだ使ったことがないという先生もいらっしゃいますし、子どもたちに使い方を教えると逆にトラブルが増えるのではないかという不安の声もあります。

だからこそ、まず学校内で先生方に共通認識を持ってもらうために、校内研修などをしっかり行うことが大切です。例えば本日の研修に参加された先生が、学校内で学んだことを共有していくことも重要だと思います。子どもたちはすでに生成AIをどんどん活用しています。使わないという選択肢は、もう現実的ではありません。だからこそ、しっかり向き合っていく必要があります。

よく「子どもの方が詳しい」と言われますが、彼らは操作ができるだけで、決して知識があるわけではありません。様々な視点からAI倫理を学び、知識とスキルのバランスを取ることによって、初めて善い使い手、責任を持った使い手になることができます。

Q4.生徒はメディアとどう付き合えばよいのか

私が本当に大事だと思うのは、どんな時でも立ち止まることです。今は生成AIでパッと答えが出てきますし、情報を手に入れることも、発信することも簡単にできてしまいます。だからこそ、どんな時でも一旦スピードを落として立ち止まることを意識していくことが大切だと思います。

何かを発信する時、クリックする時、結果を見た時、受け止めた時に、一旦立ち止まる。すぐにアクションを起こさない。これが、いまメディアと付き合うためにとても大事なことだと考えています。私たちはもう、受け止めることも発信することも速い思考に慣れてしまっています。だからこそ、意図的にスピードを落とし、遅い思考の時間をつくることが大事なのです。

これは消費者教育にも通じます。契約する前に、ハンコを押す前に、クリックする前に、一旦立ち止まって大丈夫か考える。必要なら相談する。これができれば、ほとんどのトラブルは回避できるのではないかと思います。何でもパッとできてしまう時代だからこそ、一旦スピードを落として立ち止まり、大丈夫かどうか見極めることが何よりも大切です。

また、SNSやAIは私的領域に閉じ込める面がありますが、そこから一歩外に向けて何かを発信した時点で、それは公共の領域と接続します。何か行動を起こすということは、公共に対する責任、社会に対する責任が発生するということです。これまでのメディア教育は、個人が被害者・加害者にならないために学ぶことが多かったかもしれませんが、これからはシティズンシップの視点で、公共に発信したり行動したりする際の社会的影響や責任を自覚して行動することも学んでいく必要があると思います。

Q5.これからのテクノロジー活用をどう学びにつなげるか

使う側の視点だけでなく、プラットフォーム側の構造そのものも見ていく必要があります。検証のテクニックを教えるだけではなく、多様な教科の学びで得た知識を武器に、公共の課題解決に参画していくことが大切です。

もし子どもたちが将来、開発する側、提供する側になったとしても、人権と民主主義を踏まえたうえで、公共の課題解決にどう参画していくのかを考える必要があります。民主主義と公共圏の維持へと学びを転換していくことも、とても重要だと思います。そうした意味でも、私はAI倫理教育を提案していきたいと考えています。

また、クリック数やインプレッション稼ぎに価値を見出してしまう子どもたちが多い中で、学びを進めるのが難しいという声もありますが、それはまさに、そうした構造を提供している大人側の倫理の問題でもあります。インプレッションが利益に繋がるようなモデルがある中で、子どもたちが何に価値を見出していくのかを学校で学ぶ必要があります。そこで重要になるのが、倫理的な視点、倫理的・法的・社会的課題の視点、そして人権教育、市民教育の視点です。

情報社会の中で、私たちはどう社会に貢献していくのか。自分たちの人権をどう守っていくのか。そうした市民的教養の位置づけを、これからもしっかり提案していくことが求められていると思います。大人が悪いモデルも提案してしまっている社会の中で、子どもたちが公共圏の中で善き使い手になっていくような提案を、これからもしっかり行っていきたいと考えています。

引用の仕方も、このAI時代には非常に難しくなっています。探究の指導助言に行くと、子どもたちが生成AIから出てきたURLをそのまま貼り付けて、参考文献はこれですと示すことが増えています。しかし、参考文献はただURLを示せば善いわけではありません。そこに何が書かれていて、何が示されていなかったのか、何が出てこなかったのかをきちんと検証する必要があります。

さらに、図書館なども活用して、AIが拾いきれない文献を探すという手間をかけることも、学校が教えられる大切な力です。生成AIはネット上から情報を集めるのは得意ですが、例えばオープンアクセスではない論文は集められません。だからこそ、論文誌をきちんと読まないと情報が偏ってしまう。こうしたことも、子どもたちにしっかり学んでいってほしいと思います。

先生方へのメッセージ

私が申し上げたいのは、AIと共生する未来において、技術に使われるのではなく、技術を用いて人間の尊厳が守られる善き社会を創造していく子どもたちを育てていきたい、ということです。これがすべてです。私はメディア教育もAI教育も、人権という視点で研究を行っていますが、これはヨーロッパなどでは必須の視点になっています。なぜなら、私たちはこの社会の中で、何のためにテクノロジーを活用するのかといえば、やはり人間の尊厳を守らなければならないからです。それを決して忘れてはいけないと考えています。

どんな善い社会をつくるのか。それは、人間の尊厳が守られた、人間中心の社会をつくるということです。デジタル・シティズンシップやAI倫理を学べば、すぐにそうした社会が実現するわけではありません。社会はそんなに単純ではありません。例えばアメリカではシティズンシップ教育が進んでいますが、それでも社会は分断し、様々な差別の問題も残っています。

先生方へのメッセージ

それでも、だからこそ学び続けなければならないのです。私たちの社会は単純ではなく、多様な考え方や意見があるからこそ、民主主義について学ぶこと、人権について学ぶこと、そうした視点を踏まえたメディア教育をこれからも提案し、学んでいくことが大事だと考えています。

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